MIND BBS 〜掲示板〜

怖くなんかないんだよ。

みらい。

11.11.24 23:02

今回の災害にしても、原発の事に対しても、私はずっと幸せです。そして、石井竜也さんという優しい大好きな人もいます。心の支え。。。そう、私は今日の石井さんのメッセージで、気がついた事があります。私は変なプライドにこだわりすぎていました。確かに7月頃から体調がガクンと崩れだしました。そして、3年位のスタンスで発作が起こっていたのですが。そして、仕事の時全般で忘れていた全身痙攣発作が7月の終わりに起こりました。一人でした。いつもよりも長い時間、共に気がついて頓服を口にしたものの、又起きました。そしてまたと、またと計4回の長いんです。前よりも。
やっと、母親に連絡が出来て病院へ。筋肉注射と点滴で数時間の様子見です。こんな事なのでしょうが。。。私には恐怖そのものしかなくてです。学生の時から起こる度に(脳が萎縮をするばかり)と病院で言われ続けた事が頭の隅にうかびます。怖くて怖くて、毎食2錠の薬と頓服を黙って増やし続ける事、6錠と7錠ずつです。でも、もらいに行けば単純に処方を書く病院だったのです。そう、私の性格は、本当に説破つならないと悩みを言えないのです。子供の時からです。
だから手のかからない親からすれば育てやすい子供。それには理由があります。私と年子の子が、育てにくい子??だったからです。なので、いつも言っちゃ言っちゃいけないんだ
こんな小さな悩みなんて。。。そう思っていましたから。
良い名医と言われるお医者様がいる所にも通いました。
(その時はやはり、すごく良かったです。体も)
でも、今の家から遠すぎて、救急の時は間に合いません。
ここに書き込んでしまっていた時はまさに、薬を多量に服用していた頃でした。本当に申し訳ないと思っています。
眠れず仕事に行き多量の薬。精神状態が安定をしているはずはないですよね。そして、病院を変えました。
ここで、石井竜也さん、皆の声がそれから発作が起きた時に
耳に直接言われたのです。だから、だから今いるのかも。
怖いのと、自暴自棄で、子供の所に逝きたかった。
(子供が3歳で遅れはありましたが、お父さんのそっくりだったのです。将来が楽しみでした。病気とはいえ、その子の命を奪ったのですから。。。私が)
でも、ここで石井さんの言葉で目が覚めました。覚めたというよりも、『ゆっくりでいいから とか ほどほどでいいのだから』ではなくそう、まず『今自分は地面に足はついているのか?踏みしめているのか?そう、それならそれだけでいい事だ。』長くなりまして、申し訳ございません。そして、今日午後から石井さんの言葉を胸に、出かけられました。
お役所の病院の変わる手続き等。と会社へのこれからの事です。
そして最後に支えとなる事を決めました。石井さんの歌。その時々の私の気持ちの歌。ここにページを読む事(安定の時にです。)もう1つは、美容院です。それは仕事環境もそこには1歳もお子さんがいます。違う環境でも、その方と話をすると癒されている事に気がつきました。
この前も『 何もしなくとも、来ていいんだから。待合室でだだ座って仕事や本を見てて構わないから 』と話してくれました。震災で何もかも亡くされた方々の前で、このような話、世間から見たらとてつもない常識知らずの大人(15歳の子供がいるであろう大人)ですよね。
私の寿命がきたら、必ず子供に会えるんだ。石井組の基本理念、これからしていきます。
石井竜也様 皆様 本当に感謝しております。
これから長い長いであろう復興です。考えが出て来たときは
書き込みをします。そして、祈ります。皆様にもご迷惑をおかけした事を お許し下さい。では。。。。。



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