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保養に行ってきました

nico

12.08.11 00:00

関東地方の親子も受け入れてくれた、ある保養プロジェクトに参加させて頂きました。日頃何をするにも考えざるを得ない子供の外遊びを、思う存分させてあげられたこと、その笑みをたくさん見れたことは何よりでした。本当に良くしてくださって、心身ともに元気になって帰ってこれました。

この保養プロジェクト参加者は関東圏の親子が大半でしたが、福島県いわき市からの参加者も一組居られました。彼女たちは、この保養地での移住を決めた母娘でした。彼女から聞いた、福島の現実を紹介させてください。

◆まず保養プロジェクト運営者の方によると、福島からの保養者が、呼びかけても本当に集まらなくなってきているとのこと。⇒情報が、市民に入ってこない。家族・親戚に止められて参加できない人が多い。
◆西にいったん逃げても、行った地域の気質によっては泣いて帰るしかない扱いを受けて泣く泣く帰ってくるしかない人が多い⇒もう、逃げるのが怖くなる。
◆水代月6万円⇒お風呂もシャワーのみで、お風呂を出る時は買ったミネラルウォーターを最後体にかける毎日。
◆電子レンジは捨てた。オール電化も全てガスに変えた⇒原子炉で働く作業員さんに、電磁波は危ないからとにかくやめろと言われた。
◆段差の出来た家で1年3か月生活⇒仮設住宅などは満杯で行き場がないため。それでも移住するにあたり、家は売れた(どうしてこんな家が売れるのか不思議でならない)。
◆ガイガーは、みんな持ってるだろうけど見せない⇒でも、彼女は周囲ではなく、命のためにガイガー片手に測りながら飛ぶように歩いていた。
◆長女の鼻血が一日中一か月以上止まらなかった。
◆手の血管に、紫の斑点が出ては消えてを繰り返している。
◆いわき市の宿は全部、原子炉の作業員さんでいっぱいだから、そこいら中を歩いている。⇒原子炉内の話を聞くと「とにかくいつ何が起こるかわかんない。やばいから、逃げろ」と言われ続けての移住の決断。
◆移住するにあたり、とにかく受け入れてもらえるかどうかが、心配でならなかった⇒隠していても仕方なから福島から来たというと、「よく来たな。良く逃げてきた!」と大手で受け入れてもらえたことが、とにかく嬉しかった。

保養期間の最終日、彼女は泣きながら言ってくれました。「帰したくない。うちらはもうこっちにいれるからいいけど、またあっちになんて、正直帰って欲しくないよ。それしか言えない」関東圏に住まう私たちに、福島で現実と闘ってきた彼女からの言葉は、大きく残りました。

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【沖縄・球美(くみ)の里】
この保養プロジェクトが、どんなにか心身の元気の素になることか。参加される方には、存分に自然の自由を満喫していただきたいと、改めて感じています。

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