偶然にも、
土筆
12.09.06 01:09
月姫様のメッセージを読みびっくりしました、私は違う場所ではありますが‥
先月沖縄へ出かけたとき、那覇空港から一番近い戦跡地(空港から車で約15分)旧海軍司令部壕に参観しました。
海軍司令部壕 昭和19年(1944年)日本海軍設営隊(山根部隊)によって掘られた司令部壕で、この場所が選ばれたのは、「海軍の小禄飛行場に近い高台で、周辺を見渡すことのできる位置にあり、見晴らしがよく戦闘に入った場合、肉眼でも敵・味方全体が掌握しやすく通信に障害が無い」などの理由があげられます。当時は450mあったと言われています。カマボコ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵士が収容されていました。戦後しばらく放置されていましたが、数回に渡る遺骨収集の後、昭和45年(1970年)3月観光開発事業団によって司令官室を中心に300mが復元されました。
〔壕入り口から105段、30mほどの階段を降り、通路が縦横に張りめぐらされ‥作戦室・信号室・幕僚室・暗号室・医療室、司令官室に下士官兵員室、発電室と壕内が公開されておりました。〕
沖縄戦による戦没者数
全戦没者数 200,656名
日本側(188,136名)
他都道府県出身(軍人軍属)
65,908名
沖縄県出身(軍人軍属)
28,228名
沖縄県出身(戦闘参加者)
56,861名
一般沖縄県民(推計)
37,139名
●旧海軍司令部壕を参観したときにいただいた資料の一部抜き出し書き込みさせていただきました。
戦争とは何だろうと思い感じながら参観、歩き、時折ヒンヤリとした気を感じながら…闇か日影のような時代がおこり、光り輝く素晴らしい時代もある。この今のいる時代は10年、20年と何度も繰り返されスタイルを変え交互にやって来るものだと最近思い感じてきています。
