MIND BBS 〜掲示板〜

はなひとひらを。。。

月姫

12.10.19 18:23

「祭り」は、俺の中で「祀り」にかわっていた。
という石井さんのメッセージ、拝見してビックリしちゃいました。

昨夜、友人とメールでお話していた内容を
ご存知なのかと思っちゃったぐらい(笑)
(んなわきゃーないですね^^;)

そうなんですよね「変らないこと」が総てに善いとは限らない
「変ってしまうこと」が悪い事ばかりとも限らない

むしろ「変らない」事よりも、信じられる関係性を
築いていくことが大事なんですよね。

「自分の回りを変えようと思ったら、まず自分が変わらなければ
何も変っていかない」という言葉を

今朝、偶然思い出させられました。

「変る」あるいは「変えていこう」とするものが大きければ大きいほど
その分だけ、自分自身もまた、大きく、激しく変らなければ

「動かせない」ということを、忘れてしまっていたような気がして
ハッ!とさせられました。

変っていくなら、変り続ければいい
変って、変って、変り続けているうちに
いつかまた、グルッと一巡りして戻ってくる場所があるかもしれない

それこそがホントに「変らないもの」だったりするのかもしれないですね。

「愛国心」という言葉は、江戸時代に書かれた「武士道とは死ぬことと...」
という言葉に始まる一冊の書物により感化された人々によって、

無批判で国の為に尽くし従う事が「美徳」というイデオロギーに利用されてしまい、
多くの尊い命を失ってしまったが為に「歪んだ言葉」にされてしまったといいますね。

最近、この本を「賞賛」する側とは反対の立場から、
紐解いていらっしゃる一文を拝見する機会があって

読み終えたときにフト、頭を過ったのが石井さんの作られた歌
「はなひとひら」でした。

その一文を書かれた方は、本当の武士道とは

敵と善戦して「生き残る」為に自分を切磋琢磨する事で

そのためには自分が仕える主君も有能な主君を選ぶし
一方的に無批判で服従するのではなくて

時には命を懸けて、主君の過ちも指摘しながら

互いの利害の一致する主従関係を結んで必死に生き抜いていた
武士の生き様こそを指すのではないか?という見方をされていて

それは、今の世の中の、いろいろな場面にも、
この指摘は当てはまるような気がするなぁと感じました。

本のタイトル「葉隠れ」は

「葉隠れに散りとどまれる花のみぞしのびし人に逢ふ心ちする」

という歌と、詠み人である「西行法師」の自由奔放な人生の果ての
「望みどおりの死に方」に憧れた、本の編集者が付けられた...ということだそうですが

闇雲に「死に急ぐこと」や「争うこと」が、
自分の住んでいるこの国を愛する事ではありませんよね。

今の時代に「武士」も「武士道」も存在しませんが
私たちの周りには「生き抜いていくため」に善戦していくべき事が沢山ある

その中で、この西行法師が詠まれた歌のように

葉桜になってしまった山桜の陰に、
ひっそり咲いている小さな花を見つけて
「愛おしい」人に逢ったような心地を感じる心を

自分の周りの、些細なものや、ご縁あって出会う人の中に
感じられるのが日本人の素晴らしいところですし

日本と関わりあう国々の人たちの中にも

葉陰に隠れて見えづらい「小さな花」を見つけてみようと思う心を忘れないところも

自分の国を愛する気持ち「人が人である」ことを失わないでいられる所以なのかなぁ...

なんて事を考えさせていただきました。

自分のスグ傍から湧き上がってくる心なんだなぁ
って感じられますよね。(^^)

※「愛うさぎ魚」さん、
もっと上手く伝えられたら善かったのですが...
お言葉、ありがとうございます。

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