(長々文で失礼)今日参加してよかった…
MAKO
11.03.28 01:39
先ほど、2週間近く宮城、主に石巻を拠点に(兄の家)そちらこちらに安否確認と救援物資を届ける事に専念してきたようです
衣類は、被爆している可能性もあるので即刻洗濯していました
もしかしたら、石巻市は人口も多く一番酷い死亡者の人数がでるかもしれません
石井さんがコミューンと言われていましたが、コミュニティーというより、コミューンの方が言い当てているように思います
実際、そのコミューンから出ずに点在しているため、そこには物資は行き届かないのが現実です
そういう土地柄なのです
幸い兄の家は、農道1本で助かっていましたが、やはりお亡くなりになっている方はいます
一番酷い話しは、又みなさまに衝撃を与えるような内容になってしまいますが、車で家族移動中に津波に流されお爺さんお婆さんが「私達は大丈夫だから、お前達は窓から出て逃げなさい」といって、しかたが無く出たら突然に急激に車は流されそのままお亡くなりになりました
それを実際体験した、お孫さん達は目の当たりにしています
自衛隊や地元の方々に「ありがとう!ありがとう!」っと言いながら…呆然と歩き続けている人(パニック症候群ですねきっと…)
電力会社の人が鉄塔に登って、数十人丸1日雪の降る中夜を過ごしたり「明日になったら、いねぇんじゃねぇか?」っと心配しておられましたが、救助されたそうです(生きていたから今、そういっていられますが…
女川は、4階建ての病院の屋上に瓦礫が降り積もり、あの山に洗濯物が干してありますねっていっていると、なんとそこまで津波が押し寄せた後だったり…
海側は、海と陸との間に道ほどしかなく、家は高台に建っていて助かっては居ても、舟が無くなってしまったっと…
兄がどうして、雄勝まで行ったのかわからないですが、あの道この道を探して行ったようで、御陰でルートが解って雄勝まで行けたようです
石巻の市内、そうとう奥ですが…家か?と思ったら大きな船
全部石巻市内流されました
矢本の航空自衛隊も飛行機が全部駄目で1000万を超える被害だとか…
病院の4階にいた方が、あ〜くるくるくるっと思ったら一気に4階まできた
津波10Mなんてどころではありません
女川が全部流されているので20Mか?山の上までだし
北上川も50Mさかのぼってきたそうです
姉様は、地震が来る度に外に逃げ出し、避難してきた人達が家に大勢いるので、井戸水でお風呂をたいたそうです
その時に、大きな地震が来たときは流石にどうしようかと、あわてたようです
ここは前から、大きな地震があるので相当覚悟をしていたようですが、そんなどころではないようです
電気が先日復旧し、テレビを見てみんなで呆然としていたようです
もうキリがないです
今が一番苦しいときです
ボランティアの方も、役所の方も、避難している方もみんなくたびれ果てている時期
ここを踏ん張って関西圏からの応援を期待しています
コミューンが小さく点在している為、家の前にここに何人います
ここの中には、祖父母が亡くなっていますとか…たくさんの張り紙があるようです
自衛隊が瓦礫の撤去をしていると、地元の人達も俺たちもするっと、道をつくったはいいが、いままで陸が70CM以下に下がっているので、結局海面の中に道がある状態になるようで、干潮の時しか通れません
仙台のテレビが入っているところは、ものすごい食べ物が山盛りになっています
おにぎり・フルーツ・中華など食べきれないほどだそうです
同行していた方が、怒りまくっていたようですが、運ぶ方が居られないのですからいたしかたありません
今日の石井さんの話も、現場の話しも、テレビの内容も心臓をわしづかみにされているようで、苦しいです
書ききれません
でも、祈りは届きます
チェルノブイリでも、動かなかった方が「我々にはすばらしい水があるんだ」っと、被爆したけれど、その水の御陰で放射能が消えたとも聞きました
そこには、祈りがありました
原発も被災も、心配するのではなく
良くなることをイメージして祈る
みんなのそうした祈りが結集したときに、何もかもリセットするかもしれません
静かに穏やかに皆様の祈り…お願いいたします
ものすごい長文になってしまい、こうして書くのはどうかと思いましたが、たいへん失礼します
今の現実を書き記します
