MIND BBS 〜掲示板〜

これらの言葉の本意。

石井竜也

21.04.04 03:15

主義主張、道徳教育、精神性重視、潔さと諦めの違い、慈悲深い心、根気と追及の学問、人生の喜び、人間らしい生活、清貧、心根の強さ、武士道、優しさの本当の意味、幸福感の探索、事故発見の努力、嘘と真実を見分ける力、言葉ではなく胸の中で何を考えているか?ということ。愛するという意味の世界的な価値観、まだまだ、並べられますよ。お偉いさんが、しょっちゅう使っている言葉の羅列でした。・・・ここで皆さんに、言っておきます。この言葉の全てが、世界中で多かれ少なかれ、いい言葉としては受け入れられています。でも、世界の国々では、この全ての言葉の意味が微妙に変わってくるということです。それは、こちらが正しいとも言えないし、あちらが、全て悪いとも言えません。ここからが、今回言いたいことなのです。「人を助ける」という行為は、とても勇気のいる行動ですし、なかなか出来るもんじゃあありません。なぜか?・・・それは見返りを求められない事だからです。困った人を助けるという行為は、一見、「正義」に感じます。正義ですから堂々としてもいいのか?ということにもつながってきます。いいですか、世界は、色んな文化文明、経済事情、政治的方向性、人柄も、気候によっても違うし、食べ物でも違ってきます。もっと、細かく言えば、生きている今日によっても全然違う見解が生まれてしまうのです。そう考えると、「じゃあ、何もやらない方が、・・・放置しておいた方がいいの?」となります。でも、それも違います。ぼくはこう思うのです。「人を助けるときは、自然じゃなきゃならない」そこに一抹の、プライドも持ってはいけないのです。これが出来るのなら、「人助け」もいいでしょう。結局自己責任の取り方が、できうることは人は全て、社会的地位とか、役割なんかで違ってくるってことです。ですから「自分の分を弁える」ということがどんなに大切か?というところに結びつくのです。ましてや「正義感」なんて、国によって全く違うことを、想像しましょう。頼まれてもいないことをしたが故に、全ての信用を無くすことだってあるんです。今、欧米諸国では、ヘイトクライムが大問題になっています。これは東洋人に向かっての、人種差別です。アメリカで言えば、士農工商に似て、白人、ヒスパニック、黒人、黄色人は、かなり低い位置です。悲しいですが、ある地域に行けば、顔や肌の色だけがはっきりした特徴だからです。それでも、日本人はまだ、何もでしゃばらないだけ、いい方だとは思いますがね。結局は黄色人種に違いません。それはアメリカ映画などの、中国人や日本人の取り扱いを見ても、わかりやすいですね。韓国の整形の文化も、西洋人にスタイルや見かけを近づけることで、西欧諸国の「憧れ」を引き出したいと思ったのでしょう。でも、人間は、結局は中身の問題です。ぼくの友達でも、アメリカでの地位をきちんと築いている日本人も大勢います。しかしながら、それまでの苦労は、とてつもない苦労を強いられてきたようです。彼らは、そういったことについては、話そうとはしません。それはそれとして、あまりにも、ひどい差別行動があったからに他ならないのではないでしょうか?でも、何故か、そういう人たちのプライドは、高いのです。使うべきは武器じゃないのです。暴力でもない。今季と地味な努力でしか贖えない現実なのです。どの民族も、違う言葉で夢を見てるんですから、当たり前のことなのかもしれませんね?自分を知ることから始めれば、世界はあなたと繋がります。目立ったことなど、いらないことなのです。

免疫力。

ジャッコ

21.04.01 00:09

アッという間に4月になりましたね...(汗)。『エイプリル・フール』も、洒落たもの・クスッと笑えるもの等、人を傷付けない・騒動にならないものが好いですね(ネットで拡散され大騒ぎになったりも)。

ワクチン接種も中々進みませんが....早く特効薬・治療薬が出来て欲しいですね。それまで私も、手洗い・うがい・アルコール消毒・マスク着用等の防疫対策を継続して、三密を回避・黙食にも努めます。

新型コロナウイルス感染症まとめ Yahoo!ニュース↓
https://news.yahoo.co.jp/pages/article/20200207

そして免疫力も。胃腸を冷やさない様に温かく消化の良い物を(スープやお味噌汁に野菜を沢山入れたり)。よく噛んでユックリ...も心掛けています。散歩にも素敵な時季ですね。春色の風景を観るだけでも心がポカポカします(水分補給も忘れずに)。
また石井竜也さんの歌や映像を視聴して。心身の免疫力を低下させない様に何とか乗り越えていきたいと思います。早くコロナが落ち着いて、各地でもコンサートが開催出来ますように.....。

追伸・・・ミャンマーの軍によるクーデター。反対する市民への残忍な弾圧....言葉になりません。死傷者も増え悪化してますし、一刻も早く国連・各国でも救済を願います。

だけど、多分死んでいくのは、いつもの場所。

石井竜也

21.03.31 02:48

「死ぬ」っていったって、事故もあるし、病気、殺人、戦争、自然災害、・・・・ある意味、その角を曲がったら、車にぶつかって、大したことがないと思っていたら、眠るように、その夜、ころっと。自身だって同じですよ、きた!と思って、あらゆる過程で、家族を守るための災害グッズも、違う部屋で映画見ていたんで、コンクリートが落ちてきて、せっかく、高い金払って用意した防災グッズが、なんの活用もできなかった・・・なんてね?まあ、ネガティヴなことを言ってたら、キリがないんだけど。今なら、会社に行ったのが3ヶ月目で、大事な書類を取りに来ただけなのに、急に地震。なんとか、瓦礫の空間に挟まって、生きてるのは生きてるけど、水、携帯、光、喉もほこりでガラガラ、すぐ10メートル向こうで、自衛隊の人々が必死の作業をしているのは、確実なんだけど、四日も食べてないし、水も飲んでいない、体力は刻一刻と、死に向かっているし、すぐそこで、助け出されている人も、いるらしい。このシチュエーションだけは嫌だよね。遠くで「さあ、ここはもう、見たから、ガラガラやっちゃってくれ!」なんて聞こえてきた日にゃあ、気が狂いそうになるよね?でも、災害とは、そういう、ほんの少しのラッキーで助かることが、ほとんどだと思うのです。ほぼ多くの犠牲になられた方々は、すぐそこで救命活動をしているのに、気がついてもらえないのではないかな?と思います。もちろん、救命班の皆さんの尽力には頭が下がります。こういうのを、世間じゃ、「運命」とか言うんでしょうね?かと言えば、癌末期なのを知らずに、入院一週間で、亡くなる方もいる。運命とは、なんとも残酷なものなんでしょうか。そう考えたら、なんだか、楽しく生きなきゃ、それこそが損だな?ってことになる。色んな不安はあるけど、そんなもんに振り回されながら生きていくことこそ、バカバカしいことかもしれませんね。

感じるという事

美惠

21.03.25 08:28

年をとっていくと物に執着が出て集めたり、それを誰かに奪われる恐れを抱くのは何故なのかなと考えました。祖母を見ていて、時々その行動が見られるので。
高齢になると、自分が思うように動けなくなる。無意識のうちに体力、思考力が奪われていく。こうしたいが出来なくなり、言葉もすんなり出てこなかったりする。思うようにいかない、これはとても寂しい事で悔しい事だと思います。
だから、それを補う為に何かを自分の物にしておきたい、無意識になくなっていくのだから、誰かに奪われる盗まれる不安と戦うのだと思うのです。その寂しさを出来るだけ埋めてあげたいと思います。高齢になっても、出来ないことが増えても、その生きてきた軌跡は私達の教えになり、私達には真似が出来ないのだから、生きて教えて下さいと、存在がとても役に立っているのですと伝えたい。何も働く事だけではないと思います。誰かの為になるという事は。その年齢に応じた出来る事、その人だけができる事があって、それはとても貴重で大切な事、大きな役目と伝えたい。
誰かの為に役に立ちたい、きっとどんなに年をとっても思う事だと思います。重ねて、出来ない事が増えれば誰かの負担になるという気持ちが増えていくのかなと思います。
先に生きてくれたからこそ今自分がいる、その事を忘れずに出来る限りの感謝と居てくれたからあるのですを伝えたいです。

いつかは自分もなっていく、それがとても欠けている。
もし、自分がそうならばも欠けている、すべての事において。

感じるという事、心を寄せるという事をもっと大切にしていかなくてはいけないと思います。

春よ。

ジャッコ

21.03.25 00:05

先週、洗濯物を干していると、向かいの団地の間から「ピンク色の花の木」の姿が...。「え、あんな所に花の木があったっけ?梅?河津桜!?」......と、気になって確認しに行くと、やはり「河津桜」でした。あんな所(梨畑の斜面)に咲いていたなんて...今まで知りませんでした。
誰がいつ、植えたのでしょうか?立派な河津桜が1本。少し濃いピンク色の花びらが珊瑚のカケラみたいな....まるで「宝樹」の様でとても美しかったです。ただ「蜜蜂」が沢山いて(汗)。気を付けながら写真に収めました。蜜蜂達も「春の恵み」を存分に戴いていました。

見慣れた風景でも、やはり違っているんですね。気付かない・ちゃんと見ていない....注意しないととも思いました。でも「嬉しい発見」は何度でも大歓迎!思い掛けない「春」....「秘密の場所」を見つけた様な、心がウキウキ・晴れやかにもなりました。

ソメイヨシノも大分咲いて。「桜前線北上中」....各地の春の風景も観に行ってみたいです。木々は実りや心を癒やす等だけではなく、時に命も護ってくださいますね。未来に.....後世へと繋げていきたいですね。

鎮守の森のプロジェクト(FB)↓
https://www.facebook.com/greatforestwall/

また地震が各地で頻発していますね。心配ですが、どうぞお心お大事に。「覚悟と備え」....私も忘れない様にしたいと思います。

渇き軋む音

美惠

21.03.20 16:28

暗く広い公園で、潤滑油が切れ古くなったブランコがポツンと揺れている
ギィギィと音を立てながら。
ただポツンと揺れている

今、この世がこんなふうに感じてしまうのは私だけでしょうか?

ニュースを見るたび悲しくなる。湧き上がってくる悲しみです。

誰かが油を差し、乗ってあげれば、楽しい音を奏で、なめらかな動きを取り戻すのでしょうか?

一差しかもしれない、でも光を信じて、動かしてみたい。ブランコが一人ぼっちにならないよう乗ってみたい。

何も変わらないかもしれない。でも、何か変わるかもしれない。だから、温かい気持ちを注いでみようと思います。

優しい思考をブランコに。

素直に感じられた時間。

ジャッコ

21.03.18 00:04

『EARTH MIND』オーケストラコンサート。残念ながら私は1公演でしたが、私にとっては1年3ヶ月ぶりの生のコンサート。やっと息が出来た様な...気持ちが楽に、邪気が祓われた様な気持ちにもなりました。

オーケストラ、バンドメンバーさんの迫力ある演奏も全身で感じながら。柳澤さんの指揮にも見惚れていました。そして石井さんが時折「笑顔」で唄われていて、こちらも凄く嬉しくなりました。
どの歌も琴線に触れて。ある曲で涙が止まらなくなって、ステージが涙で滲んで外と同じ「大雨」状態に。でも滲むライトが綺麗で「歌の情景」とも重なって見えました。
石井さんの故郷・海、お父様のお話等、大切な想い出にも触れさせていただいて。決して他人事ではなく、疫病・災害・自然や父母・大切な人達の事等、私も思いを巡らせました。奇しくも14日は「母の誕生日」。母と過ごしたい...と選択した事はやはり間違っていなかったと、石井さんのお話を聞いて強く感じました(有り難うございました)。

石井さんが書かれていた「ファンの為に」だけでなく、若いミュージシャンさんやスタッフさんの事もよく考えられて、生のコンサートに挑む姿勢にも本当に感動しました(徹底した防疫対策にも)。
ステージ上で柳澤さん・光田さん・石井さん、お三方のRespect・信頼感も溢れていて。石井さんのお父様の言葉「人って、いいなぁ...」を感じられた(お父様とご祖父様・ご祖母様...最終日は石井さんご一家とご一緒に、ご覧になったかも知れませんね)、とても優しく温かなオーケストラコンサートでした...。また頑張れます、本当に有り難うございました!

追伸・・・石井さんの16日の書き込みを拝読して(有り難うございます)。「許す」事は中々難しいと思いますが、互いの未来・次世代の為にも怨恨を断ち切る事は大切ですよね。同じ地球人...忘れたくないですね。

なぜに、こんな時まで・・・

石井竜也

21.03.16 15:06

国と国の「争い」ともいえない「詰り合い」は、なぜ、こんな疫病騒ぎの時にまでごちゃごちゃしなければならないのでしょうか?確かに、色々な言い分もあることでしょう。真実も嘘もあるでしょうし、そのことについての怒りもございましょうが、歴史の中での愚かな行いを、何十年・何百年引きずって生きていくのでしょうか?それが、本当に、幸せな世界を作ると思うのでしょうか?お互い、長い時間の中では、きっと、いい時も悪い時もあったはずです。国同士、他国を見るときには、なんとなく人を見る目と同じように感じます。悪いところも・いいところも、その人の立ち位置を最善の場所に整えてあげることができれば、会社や組織、何よりも人としての品性も伸びていくでしょうし、その人の、悪い部分、短所も、きちんとプロデュースしてあげることができれば、より良い方向にも進むようにも感じております。・・・しかしながら、確かに、どうしようもない性格を持ち合わせてしまっていて、よりいい方に考えてあげようと、周りが苦労しても、そのありがたささえもわからない人もいますよね。国にも同じことが言えることもありますね。一番、人として、してはいけないことは、すでにちゃんと謝っているにもかかわらず、それを何度でも蒸し返し、非難し続ける行為です。これは、すでに弱者とは言いません。「恨み」もあるでしょうし「許せない」もあるでしょう。しかし、キチンと謝罪した人を、なおさらに、下げた頭を足で地面に擦り付けさせるような行為はすでに、いじめを超えて、脅しになってしまいます。世界が一応の努力と、我慢を強いられている時代において、苦しみから必死に、立ち直ろうと努力している中、全く関係のないことを持ち出して、責め立てるのは、少なくとも「正義」とは言いないのではないでしょうか。人間の一番醜い姿は、「未練の上に恨みを重ねる行為」と「自分から弱者を名乗り、さも、究極の被害者を演じること」そして何より「お金を取るために、醜悪なる見えすいた嘘を重ね、自分ともども下衆の極みになってしまうことがわからないこと」だと、思います。もし、こういう行いを、知っていて行っているとしたら、子供たち、未来に対して、何を期待しているのでしょうか?「教育」ということは、理科と社会、数学、国語だけではないんです。社会で生きていくための、我慢や、道徳、一応の正義・・・などを教えていくことだと、僕は思います。小さなときから、教えて躾けなければ「人を思いやる心」などできるはずがございません。品性・品格、誇り・潔さ、精神性の高さや思いやり・・・こういったことは、人間にとって、一番大切な教えではないか?と思うのです。芸術もまた、こういうところから、実は「発生してくるものだ」とも思います。「恨み・つらみ・妬み・嫉妬・怒り」からは、何一つ、心を豊かにするものなど生み出せるわけがありませんからね。おそらく古代から、人間たちは戦いもしたでしょうが最後は、和平を結び、その文化や、人間性のいい部分を認める努力をして来たのではないかな?とも思うのです。だからこそ、友情が生まれ、技術を教え合い、災害時には援助も自然にできていくのではないか?と、思うのです。そういう関係性を作れないことほど、愚かなことはないのではないでしょうか?人間の歴史と呼べるものが7000年くらいだとしても、おそらくは、最後は、分かり合うための努力はしてきたのではないかな?とも思います。いまだに、諍いが絶えない国がなんと多いことでしょう。同じ地球に生まれ、どこの国の人である前に、地球人であることを忘れないでほしいですね。

EARTHMINDコンサートありがとうございました

美惠

21.03.15 03:59

開演前、手を合わせ祈りを捧げました。
こうして参加できる時間に命にありがとうを、一人でも多くの人が少しでも幸せを感じることができますようにと、目を閉じ静かに心を合わせ祈りました。
開演中、光りに包まれ胎内にいるようなもっと生命の根源にいるようなふわふわとした空間で浮いている気持ちになりました。

幼い頃から、命と向き合う時間が多いです。生きる事よりも、命が終わる事をいつも年頭に生きていた気がします。

何故、明日が当たり前のように来るように思われているのか、何故年をとった人から亡くなることが当たり前とされているのかわからなかった。
どんな年齢でもどんな境遇でも、少し先の事もわからず、いつ終わりが訪れるかわからない、だから今生きる事がとても貴重だと思って生きてきました。
なのに大切な人には長生きしてほしいと願うので、何かあれば祈りに自分の命と引き換えにこうしてくださいと願ってしまう。なんだか矛盾していますが、生きるという事がそれだけ重い事だと思っていたから、捧げたいと思っていたのかもしれません。

どうしてと思うことに溢れていて、とても生きづらくてようやく見つけた光が石井さんでした。

そのままでいい、そんなに自分を責めなくていいと言われているような気がして、もう少し自分の為に生きていいのかな、もっと自分を好きでいて良いのかなと思わせてくださいました。

生きづらさ、度々襲われ向き合います。
石井さんが与えてくださる事を見聞きし、受け取ることで絡まった鎖が解けてきました。

今日、コンサートに参加し曲を聴きながら、幸せを感じ、初めて心から生きたいと思いました。

他人への生きて欲しいと思う気持ちをもっと自分にも持ってあげれば良かった。これからはもっと自分にも思っていきたいです。

開演中、不思議な御霊に触れました。
一瞬ですが、涙されていたのはお祖父様、笑顔でいらっしゃったのはお父様のような気がします。

どうか届きますように。

見えないものでも確かに存在しています。

存在する全てのものにありがとうございますを伝えたいです。


EARTH MINDコンサート

美惠

21.03.13 06:09

聴きに行きます。
罪悪感も大きいですが、どうしてもな想いがあって行きます。
家族、少しでもご縁がある人、それだけではなくて、動物、植物、物、ありとあらゆる存在する命について、ずっと考えてきました。
存在する命は亡くなった命もです。
亡くなったから全て消えてしまうわけではなくて、その後も存在し続けると思っています。沢山の命に支えられて今がある。
今この瞬間も、その消えた命、今ある命、どれ一つ欠けても私は存在しないのだと思います。
御霊、おんれい、御礼、言葉を造られた方は、重ねて連なる命や物事に感謝を忘れずにいたのかなと思うと、胸が締め付けられます。
何気なく使う言葉、文字にも魂が沢山。変わっていくことは大切ですが、変わらずに受け取ることも大切にしていきたいです。
私は、石井さんの造る物からこの掲示板に書き込んで来たことを学びました。
その想いがあるかどうかはわかりません。ただ、私には面白く美しく楽しく、それだけではなくて、人とは何かを生きるとはなにかを学ぶ時間を受け取っています。
生きる事は、無と言う事を知る、なのに沢山あると言うことも知る。
いつも寄り添ってもらっています。
こんな大切な事を教えて下さる方は他にいません。
大きな心の拠り所です。
それを知った今年の誕生日。どうしても聴きに行きたく、申し訳ありませんの気持ちと共に伺います。
そして行かせてくれる時間に感謝します。
コンサートを聴いている間は、ありがとうの気持ちとともに過ごしたいと思っています。

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