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GROUND ANGEL 2002-2011の
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SPECIAL3 LATER 〜特別企画3・その後〜
Chapter2. たった1回の人生をどう生きていくかという時、誰も救ってはくれない
大谷 前回お会いした時に、4月に初めて被災地に行って、逃げて帰ってきたって話をしたじゃないですか。質問されたら答えなきゃいけない、わからないことをわからないと言っていいことがわからなくて、壊れて帰ってきたんですけど、6月に行った時は、一人で10日間まわってきたんです。石井さんが歌を歌われるように、僕はできるのは法話だから、それをしようと思って。ある日、南三陸町の志津川町というところに行ったら、そこのトップの人が“また面倒くさいのが来た”みたいな顔をしているわけですよ。でも皆さんが辛いところに、僕が勝手に来させてもらってるので、言うことは聞かせてもらいながらも、法話していたんですね。高さ1mくらいのダンボールで囲われた部屋ですよ。僕は正直言って怖かったから、誰も来なければ説法しなくて済むし…という心もどこかにあったんですが、8人の方がその部屋の隅に座ってくださったんです。僕はそこで、志津川町に来る前に会った、ある被災地のリーダーの方の話をしたんです。街も何も無くなってしまって、そのリーダーの方に「今後どうするんですか?」って聞いたら、彼は第一声に「逃げます」って言ったんです。僕の“逃げる”は尻尾を巻いてどこかに行くことですが、彼の“逃げる”は違ったんですね。地震が来てから津波が来るまで30分かかる。その30分間で逃げられるような町づくりをして、津波が来たら逃げる。それが彼の心だったんです。僕は集まった8人のお母さん達に、「お母さん達、家が流されて、自分の家の場所が大事というけど、俺、次に津波が来る頃には、お母さん達は多分死んでもういないと思うよ。だけど、子どもや孫の時代にまた来るかもしれないから、もし計画道路になった時には“これ私の家だから”って頑張らずに、子ども達のために協力してやってください、それが生き残ったお母さん達が、未来の命に手伝えることじゃないですか」って、話をしたんです。そうしたら、今まで頑張れとか言う人はいっぱいいたけど、ここに来た人で、あなた達は死にますと言ったのは、あなたが初めてだと言われたんですね。ただその時に、次の人達のために命を使いましょうと言ったのも初めてだって言われたんです。初め不機嫌な顔をしていたトップの方も、すごく良かったって言ってくれて。実は僕は法話ができなかったら、どうしようかという“逃げ”を考えていたんですね。もし話ができなかったら、僕はお薬師さんのお寺の人間だから、皆さん方の健康を祈ってお守りを持ってきたから配りますと言って、物で逃げようと思っていたんです、正直言うと。それで持ってきていたお守りを、その8人の人に、「話を聞いてくれてありがとうございました。お薬師さんのお経を唱えたお守りを持ってきたのでこれから配りますからもらってください」って言って、机の下からお守りを取って顔を上げたら、目の前に30人並んでたんです。皆、僕から見えないダンボールの陰で聞いてくれてたんですよ。
石井 石巻で僕が歌った時も、たくさんの方に来て頂いたんですが、自分の家がある人は遠慮がちに外から見ているような、被災地の中でも避難所暮らしと自宅暮らしの違いというか、そういう気遣いができているんだなと感じましたね。僕は最初から「“頑張れ”という言葉、大嫌い俺。だって頑張りすぎてますもんね、皆さんね。うちの田舎も北茨城の大津港というところなんですけど、やられちゃいました。石巻と同じで、漁師達がいっぱいいる町だったんですけど、さすがにボロボロになった堤防を見た時は、泣きました。無くなっちゃったものは仕方ないんでしょうけど、さらに原発の関係で漁ができないのが、それがやっぱり気の毒で」って、そう言うと、お互い少し同じような目線になれるんですよね。
大谷 僕は、自分の茨城のお寺が壊れているから「僕の8000坪のお寺、全滅してるんです」って言うと、そんなに大変なの?って逆に励まされたりして。病院に法話をしに行く時は「僕は健康そうに見えるんですけど、おなかに大きな傷があって、今まで3回死にそこなったことがあるんですよ」って最初に言うことにしているんです。そうするとやっぱり同じ目線に立てる。お寺はつぶれたけど俺は元気だし、仲間も誰も死んでないし、家族も死んでないから、今こそここに来なきゃいけないと思って来させてもらってるんです、って。それと今回僕は、南三陸や七ヶ浜をずっと回って歩いたんですが、正直言って、この人達は大丈夫だって感じたんです。僕の感覚で。それはなぜかと言ったら、もう自分で生きる覚悟をしている。
石井 そうですね。
大谷
「誰の世話になってもしゃーないし、待ってても何の意味もないし、だから自分のできることをやっていく」って。「義援金は確かに欲しい。なぜなら今、何もないから。だけど乞食じゃないから、恵んでほしいわけじゃないんだ。本当にやりたいことは、仕事がしたい」って言ってました。
石井
そうだと思いますよ。極力復興に関わる仕事は、お金だけ渡して地元の人に全部任せたほうがいい。地元の人が一番命をかけられる人達だから、そういう人達にやってもらったほうが、地元も潤うし、よっぽどいいと思うんです。
大谷
あの地区は言っちゃ悪いけど、出血多量で血液が足りないから、社会の血液はお金だから、そこにお金をつぎ込んであげたらいいんですよ。とはいえあまりつぎ込むとおかしくなっちゃうんで、ある程度働けるようにだけ環境を整えるようにすればいいと思うんです。
石井
支援物資も、外の人はお金を地元の商店に送って、地元の商店から地元の被災地の人に届けてもらうようなツールができたらいいんだろうなと思いますね。
大谷
そうですね。津波のエリアは、確かに悲しみは深いけれど、人間の死は、人間は受け入れるようにできていると思うんですよ。だけどね、つらいのは原発。目の前に自分の大好きな恋人がいるのに、何の手出しもできない、抱きしめることもできないのがあの原発エリアですよね。
石井
自分の田舎もそうですけど、しばらくあのエリアは、誰も止まらずにただ行きすぎるような場所になってしまうんじゃないかと心配しているんです。そろそろそんな雰囲気を住民の皆さんは感じ始めてきて、自殺が多発しているんですね。福島で小学校の校長先生をやっている僕の従兄弟が、学校ごと疎開してるんですけど、子ども達も最初の頃は「戻りたい戻りたい」と言ってたんだそうです。「何月になったら戻れるの?」と僕が聞いたら、「いやあ、それが一番、子どもにもどう答えていいかわからないんだ」と。「ハッキリ言った方がいいんじゃないの?もう2度と行けなくはないけど、時間はすごくかかるんだよとか。子どもは親みたいに土地に執着しているわけじゃないから、また新しい活路を見いだすんじゃないかな。俺はそう教えていった方がいいんじゃないのかなって思うけどね」って言ったら、「たっちゃんは、東京に居るからそう言えるんだよ」って。
大谷
そうなんですよ。
石井
「地元に居て、そこで生活している人間には、そんなこと言えないんだよ」って。
大谷
うちの住職さんは、もう駄目なものは駄目だと言ってあげなさい。皆さん方が安定するまでお手伝いしますから、移ったらどうかということを言おうとおっしゃるんですね。僕は福島県や宮城県を法話で回って歩いていたから、そこの人達のことを知っているし、田舎の人は自分の故郷に対しての思いがあるのがわかるんです。
石井
特に農民はね。
大谷
海で家族をとられた人は、皆海を恨んでいるだろうなと思ったら、「海は絶対に恨まない」って言われた時に、なんじゃこの人達は、と思いましたよ。「俺達は海で生きてきたからまた海で生活するんだ」って、こう言うんだもん。とはいえ駄目なものは、時として冷たいかもしれないけど、駄目だと言ってあげなきゃいけない。母親を亡くした子どもがお母さんの死を受け入れられなくて、「いつお母さん帰ってくるの?」って言うのと一緒だと思いますよ。
石井
そうですね。時に人はものすごい間違いをするんだということを教えるいいチャンスでもあるし、大人というのは、大したいいことも言っているかもしれないけど、とてつもなく怖くて嘘つきなところもあるんだということを、子ども達に教えるべきだと思いますよ。今までの教育って、子ども達にいいところだけ見せて、必死になって大人ぶって教えてきたような気がするんですよね。少なくとも明治時代あたりまでは人格者っていたように思うんですよ。
大谷
人格者がいたんじゃなくて、人を敬える環境だった。聞けたんですよ。今は聞けない。だから今度の原発の問題についても、半年が経つ9月に、郡山市で大きく説法の会を住職にしてもらおうと思って。
石井
僕は8月28日に、仙台にコンサートをしに行くんです。当初予定していた会館や、たくさんの会館が使えなくなっている中、ZEPPというライブハウスは大丈夫だというんで、そこへセットを全部持っていこうと。入りきらなくてもいいからとにかく派手にやれって。ギター1本で、ライトもしょぼく暗くして歌うような、そういうのはもうやめようと。東京と同じこと、下手したら東京よりもすごいんじゃないかというステージをやってやろうと、今スタッフに焚き付けてるんです。
大谷
やったほうがいいですよ。あの悲しみの涙の中に溺れたらだめになってしまうから。
石井
一時期落ち込むのは構わないけど、引きずっちゃうとね。いいことないですからね。
大谷
ないない。震災から1-2ヶ月は、交通事故を起こしてパニックになっているところへ、身内が来て、見て更に皆でパニックになってるような社会だったけど、今は落ち着いてきたし、町に行ってもそれぞれ頑張ってすごくきれいになってますよ。
石井
震災を受けて、中止という言葉も出たんですよ。でもやめてくれ、と。俺はあくまでも中止じゃなくて延期だからと。延期するということは、絶対にやるからと。セットもまんま取っておくからって、ファンの子達にはずっと言ってたんです。だから行けるのがすごく嬉しくて。
大谷
被災地の人達にそうやって、いじけた感じじゃなくて、あるがままに「自分が出来ることはこれだからやりにきた」って見せに行くのは、ファンの皆さんも嬉しいでしょうね。
石井
それにしても…人というのはたくましいですね。
大谷
強い強い強い強い。命がもっている根本的な強さでしょうね。生き抜くという。
石井
石巻に行った時も、戦場で生きている人のような強さを感じましたね。もうなんていうのかな、ギリギリで生きている人間の強さというか。何物も入れないたくましさというか、どこかは諦めなのかもしれませんけど、吹っ切れてると言うか、それを感じましたよね。
大谷
あそこまでいったら、諦めざるを得ない。今回被災地をまわってすごくよくわかったのは、津波で家族を亡くされた人は、家族に対する思いが強いんですね。家を失くした人は、家に対する思いが強い。でも多分、そこまでだと思います。それ以上の大きなものはない、そう感じました。だから一人ひとりが自立して生きていけるんだと思うんです。もし自分の悲しみも人の悲しみも共有できてしまったら、多分立ち上がれないですよ。人間って、案外冷たいんじゃないかなと思って。被災地に誰かが見舞いに来て、何か持ってきてくれたら、周りに分けるかと言ったら、家の知り合いが来たから俺のものだって言って、やっぱりそうやって生きて行くんじゃないかなと思って。さっきのお守りの話も、聞いてくれた8人にもらって頂こうと思って顔をあげたら、30人並んでた。その時に、聞いてくださっていたんだと思うのと同時に、ちゃんともらいに来るじゃんって思ったんですね。強いんです。それでいいんです。
石井
ですよね。でも…原発に関しては本当に慰めようがない。
大谷
ないない。あれは経験したことがないので。北と南の朝鮮は、国境を切られたじゃないですか。あんな感じなんだろうな。
石井
本当にあそこは日本のど真ん中ですからね。
大谷
福島県がやられちゃうと、東京は大変なんですよ。茨城県、福島県、宮城県で、東京のどれだけの食べ物をカバーしているか。
石井
そうですよね。
大谷
特に、福島といったら、北茨城もそうですけど、あのエリアは東京にとって異常に重要なエリアなんですよね。
石井
だから俺は、今の政権が悪いとかいいとかそんなことよりも、前の政権がしでかしたことっていうのも、きちんとやっぱりちゃんと謝罪すべきだし、100年先までを見て政策を練る政治家が、ここ10年20年いなかったんだろうなって。
大谷
もう依存しちゃってたんですね。だって日本の社会って、今、宗教も、政治も、顔が無いんですよ。例えばいい悪いは別として、車を見ても、昔は個性的な車ってあったじゃないですか。今は皆、同じ顔をした車しか走ってないでしょ。
石井
そうですね。
大谷
電車だって、みんな同じ電車しか走ってない。昔は個性的な電車がありましたよね。唯一新幹線くらいですよ。顔がある乗り物って。
石井
得てして真実に近いことをポロっと言う人というのは、お釈迦さまもそうですけど、異端に見られたし、非常に痛いんですよね。本当のことは皆見たくないんです。本当のことなのに、皆わかっているのに言わないんですよね。言わないほうが楽なんでしょう、きっと。楽というのも依存なんですよね。その依存を断ちなさいと言っていた人達だと思うんですよ。キリストもお釈迦さまも。
大谷
僕はこの震災のお陰で、最近仏教に一段と興味をもったんです。そこで、京都大学に佐々木閑という先生がいるんですね。その方が、お釈迦様が登場した一番の根本についての論文を書かれていたのを読んだんです。そこに、釈迦は、救世主はいないということを説いた最先鋒だったと書かれていて。たった1回の、誰も変わってくれない自分をどう生きて行くかといった時に、最終的には、誰も救ってくれないんです。被災地で、ひしゃげた人はひしゃげた人になっちゃう。心を塞いじゃった人は塞いじゃった人になる。だけどそこで、一所懸命自分も被災しているけど頑張れるという人達もいる。何が違うかというと、自分が生きるということに、どこかで依存があるかないかなんです。だからお釈迦様の教えは、依存するなら誰も救ってくれない、救世主はいないと。皆、初詣に神社に行くじゃないですか。神道の神主さんに言われたことがあるんです。「神道は感謝する場所で、願いごとをする場所じゃないから、願いごとをしても叶いませんよ」と。だったら仏教と神道が何故受け入れられたかというと、そこが感謝をするプレイスであったり、感謝をする対象であったりするから。そこに生きている人間は、絶対に自立以外ありえないんです。
石井
自然宗教の根本は何かというと、“あまり暴れないで頂きたいんです”という、それでしかない気がするんですよね。
大谷
今回特にそうですよね。
石井
“お願いしますから、あまりいろんなものを動かさないでください”って、山や空や海に言うしかない。あとはどうしようもないわけですから。神道の自然宗教はそういうところにあるんだろうなと思います。やっぱり昔の王様が、卑弥呼もそう、ファラオもそう、全世界中そうですけど、あたかも自分が川を動かしているような。それを調べるために英知を尽くして1年のこの時期にこういうことになると日にちを決めて、さぁ明日から川が濁ってきて溢れてそれが豊饒につながっていきますよ、とか言い出しちゃって。一所懸命計算して出していることでも、自然をあたかも自分の思い通りにできるように見せられれば、それが一番強いと皆も思い込んじゃう。
大谷
人間が扱いきれないものを扱っているようにね。
石井
マヤの時代は、王様になるのも大変で、王様は毎日どこかから血を出すんですって。血を出しても痛くない、こんなに血が出ているのに痛くない、ということをするんだそうです。ありとあらゆるところを切って、ズタズタらしいですよ。王様になるのも大変だなぁと思って。マヤ人達は、いけにえに心臓を取り出して置いたとか言われてますけど、いけにえをしてまで、何とか俺達を生かしてくださいと言ったと考えると、ある意味昔の人は、叶わないものをよく知ってたんじゃないかと思うんですよ。
大谷
限界を知っていた。
石井
これには絶対かなわない、と。
大谷
宗教が発達するのは、飢饉、氾濫、戦争の時代。生きている者にとって一番怖い“死”が身近になると、その死から救ってほしいという考えが起こって、宗教が生まれてくるんですよね。今年は浄土宗ができて800年なんです。僕は法然御上人の教えのお寺から出てきているんですけど、その法然御上人の時代も、戦乱や飢饉のようなことがいっぱいあって、死が隣り合わせだった。そんな本当は生きたいのに生かしてもらえないようなリズムの中に身を落としてしまったら、祈るしかなかったんでしょうね。だからお経をひたすら唱えたら救われるという教えになる。日蓮上人が南無妙法蓮華経と一所懸命唱えたのって“訴え”ですよね。
石井
空也という人も、そういう厳しい時代に頑張った方ですよね。
大谷
宗教者が出てくる時は、社会が混とんとしている時ですから。だから今回、東日本大震災で、宗教者が見直された。僕のところにも「徹奘さん、傷は医者が治せるけど、心は、これは宗教だぞ」って、最先端のお医者さんが電話をかけてきましたから。
石井
日本が一番失くして悲しいのは、やっぱり心だと思うんですよ。今まで何千年とやってきたことを戦後の60年かそこいらで、無理やり変えられたんですよ。竹だって、炙りながら徐々にしならせて竿を作っていくわけですよ。しなるまでに、どれだけ時間をかけるか。冷やしては伸ばして温めてと、何度も何度もやりながら、自然にしならせていく。それを無理やり負荷をかけたなら、そりゃ折れちゃいますよ。
大谷
自殺者の話もそうだけれども、人間は皆ある程度までは頑張れるんだと思うんです。だけどそれ以上に、どんどんこうでなければならないと人の物差しをあてられて、不必要な力をかけられる間にわからなくなっちゃって、全く心を働かせることができない民族になったと思うんです。
石井
どの国も完璧な国なんてなくて、みんな馬鹿をやってると思いますし、愚かしい場所もいっぱいあると思うんです。確かにいいところもいっぱいあるんですけど、愚かしいところのほうが多いんですよね。そう考えると、一番大事にしていたところまで失くす必要はないんじゃないかなと僕は思うんですよ。信仰心というのは、手を合わせるからどうとか、お経を唱えられるからとかではなくて、俺達にはどうしようもない、とてつもない力がこの世の中にはあるんだって、それを信じていられるかどうかであって、これは大きいんじゃないかと思うんですよ。何でも自分の思い通りになるって思いがちじゃないじゃないですか。子どもなんて、生き返ると思って自殺するらしいですからね。ゲームのように、またリスタートできると思って。
大谷
この前、テロをジハードするための子ども達が捕まって、彼らが言うには、「ジハードしても、また生まれ変わる」と。それをまともに信じているんです。
石井
子どもを洗脳するのが一番簡単ですからね。俺達から今の30代くらいまでの世代は、相当無理やりに教育方針を変えさせられた時期の人間だと思うので、この層が自殺者も多いし、やっぱりきついんだろうなと思います。またそういう情景を見た子ども達が、それをどう変えて行くのか、それともそれを追っかけるように愚かしいものを作ってしまうのかはわからないけど、例えばゲームであったりとか、デジタル化であったりとか、そういうことも原子力とそんなに変わらないような気がするんですよ。それに依存してしまえば、結局は麻薬と同じで、やらなきゃいられなくなっちゃうように、どんどん精神状態も変えさせられてしまうんじゃないかな。だからある意味では、原子力は悪魔のような物体で、なんとなくこれは悪いものだぞと気がつくからいいけれども、“なんか楽しそう”とか、そういうイメージになっているものは、逆にもっと怖い気がしないでもないですね。
- Chapter1. 今の依存型の社会をどこかで終わらせなきゃいけない
- Chapter2. たった1回の人生をどう生きていくかという時、誰も救ってはくれない
- Chapter3. 顔も見ることのない、孫の先の世代のために何を残すか
- Chapter4. この時期に活動できる命を与えられているのは、役目があるから