SPECIAL3 〜特別企画3〜

Chapter5. パニックの人とパニックの人がぶつかっても答えは出ない

大谷  でも今日もまだこうやってしゃべっていても、どこか綺麗事なんですよね。ここが問題なんですよ。僕は一所懸命働いてやろうと思っているし、石井さんも何かできることを、というけど、どっかにね、綺麗事があるんですよ。さっき言っていた“避難所の中で着替えられない"なんて、もう綺麗事じゃないもん。僕は介護をしていて思いましたよ。うちのおやじが病気になって、おしっこが出なくなった時に、妹の旦那がうちの親父のチンチンを押さえて管を刺しておしっこを出した。それが現実なんですよ。


石井  うちのおやじも、最後の方はボケていろんなところに顔をぶつけちゃって、あんなにいい男だったのが、見る影もないわけですよ。眠っている顔を見てもおやじとは思えないし、おやじはこんなふうにしてまで生きたいのかな、って思って、本当にノイローゼになりました。


大谷   だけどね、石井さん。「苦」という字があるじゃないですか。仏教を勉強してわかったんですが、これ「く」と読むんじゃないんですよ。「ありのまま」「げんじつ」と読むんだと思うんです。ありのままを受けるしかないんですよ。死んだら死を受け入れるしかない、津波に取られたら津波を、原発もありのままにそれを受け入れるしかないです、人間は。だけどそれをどこかで誰かが綺麗事で隠そうとする、自分を下げないようにするという、人間の一番弱い、自分を下げられないという心がどこかに働いているから、今こんなふうになちゃった。


石井   醜いですね。


大谷   だけど悪いかというと、それが現実なんです。もしも自分がそうなったときに、僕はすべてを吐き出して、本当のことを言えるか、だけど僕が本当のことを言ったつもりでも、本当のことが本当かすらわからないもん。


石井   最初の頃は、テレビに出ている人は皆、原発賛成派だとかいって、ワーワー言ってたじゃないですか。だけど今思うのは、そんなこともないんだろうなと。おそらく賛成派も反対派も同じで、わからないんだろうなと。とにかく自分の知っている知力を出しているだけで。ひょっとしたら「知力」は、「知力」「体力」「心力」の3つのうちで、一番愚かしい力かもしれない、と。


大谷   浅知恵ね。浅知恵。


石井   勉強したことだけを挙げ連ねているだけで、「心力」ではしゃべっていない。見ている側も、言っている側も、お互いの「知力」だけで浅はかな受け止め方をするから、だから何も通じないし、誰も信じられない状況になっちゃってる。


大谷   “わからないことがわかった”ということが、すごいことなんです。「想定内」って、自分でわかったつもりって話でしょ。わかったつもりなんて、僕は人間の浅知恵だと思う。2年位前に日本の中で“地球に優しく”って言葉が出たんですね。それを聞いて、地球を馬鹿にしているのかと腹を立てていたんです。そうしたら昨日テレビでまだ“今地球に優しい企業を目指してます”って宣伝をやっていて、おいおい、それをやったから、自然から気をつけなさいよって、あんなにたくさんの同胞の命までもを奪われる形で、警告いただいているのに…と思ったんです。人間は痛みがわからない限りやめない。警察に捕まらないとスピード違反をやめないのと一緒で。だから今回これだけ命を失くしていながらも、まだそんな言葉を公共の電波に流して言うなんて…と僕は思ったけど、多分その人たちもわからないんだと思って。


石井   自分達の知力や体力に過信してしまうと、間違えますよね。


大谷   テレビのゲームを見ていたらわかるじゃないですか。体を使って佐助のように体力で勝負するテレビ番組。知力で勝負するクイズ番組。これらはね、形として測れるんですよ。だけど「心力」だけは土の中だから測れない。競うことができないんです。だから「心力」のテレビゲームって無いんですよ。賢い人を見たら賢い人になりたい、体力の有る人を見て体力ある人になりたい…だけど本当に憧れるべきは、心の力の強さ。だけど今の日本人には、教育機関が無いんです。それは僕に言わせると坊主が悪い。俺はそう思ってます。だけど、悪いからと言って手をこまねいていてもしようがないから、僕は少なくとも自分に出会った人にだけは、心の部分がすごく大事ですよっていうことを言わないとと思っています。今回のことだって、お金で乗り切れるんでもないし、物で乗り切れるんでもないですよ。心で乗り切る以外ないんです。


石井   あたかも現代社会においては、知力と体力はなくちゃならないもので、自分では持っているつもりで皆生きているわけですよね。ところが心力からして見てみると、知力も体力も大したことないわけです。


大谷   大したことない。


石井   大したことない人達が、大したもんだ、大したもんだって言い合っているような…


大谷   スポットを浴びるとね、自分が急に賢くなっちゃったふうに思っちゃうんですよ。


石井   この頃なんですけど、僕はコンサートをやる時、この会場のなかで、一番最低の人間が自分だと思うんです。そう思って出ていくと楽なんです。俺ってすげぇ歌上手いんだぜとか、そんなことを思った瞬間に声がでなくなったりする。今回思うのは、あまりにも知力と体力に頼りすぎたのかもしれないですね。


大谷   それとやっぱり、みんな仮面をかぶって生きすぎ。評価されたいから、良い子という仮面をかぶって、皆がその仮面の外し方すらわからなくなっちゃった。今度僕が被災地に行って、どんな自分が出てくるかわからないけど、素顔の自分で行こうと思ってるんですね。しゃべれなかったらしゃべれないって謝ろうと思っているんです。泣きたかったら泣いてこようと思って。そしてそこにいる人達にも、頑張らなくていいよと言おうと思っているの。泣いてくださいって。一緒に泣こうって。それくらいしか俺できないからって。


石井   そうですよね。


大谷   実はさっきやっとのことで答えが出ました、ってつっぱったけど、それは綺麗事かもしれない。多分行ったら、泣いてお終いかなって。だけどそこで、泣けたら僕はそれでいいと思って。僕は今回、一人の人を超えて、全然違うところへ自分を落とし込んでみようと思っているんです。“薬師寺でございます”も要らないと思っているんです。“僕の友達が苦労しているから来ました。話を聞いたら僕お経だけでもあげられそうだから来ました”と、言ってみようと思ってるんです。


石井   そうですね。


大谷   肩書が残っちゃってるんですよ。肩書って自分の築いてきたものだから素晴らしいものなんだけど、時として肩書があるがゆえにできないことがあると思うんですよね。最終的には、ありのままで突っ込んでいくしか、ありのままの人には対応できないと思うんです。ただそれがその場に合うか合わないかは行ってみないとわからないよね。かといって物見遊山で行ったらね、それこそ人生狂っちゃう。今回は。


石井   先日、自分の故郷に行った時もショックでしたね。


大谷   石井さんも本当にご苦労なさってると思いますけど、“わからない”という答えが出せるということが、すごく重要な事だと思うんですよ。できないということがわかったということが、大きな答えなんじゃないかなと思って。


石井   そうかもしれないですね。確かに自分はええかっこしいじゃなかったかと言われたら…ちょっとくらいあったかもしれないなとか、感じてるんですよ。いや、自分は違う。自分は絶対違う、と一所懸命言い聞かせているような自分もいたりして。悪い事をしているわけじゃないのに、なんでそんなことを俺は自分で自分に言ってるんだろうとか。だけど善と思ってやったら善じゃないんですよね。


大谷   そうそうそうそう。


石井   そういう基本的なところが抜け落ちたまま走り始まってしまったのかなと、今自分なりの反省をしているところなんですけど、本当はもっともっと自分が今一人で出来ることだけをやるべきで、それでもうちょっと冷静になってから皆を巻き込むなら巻き込んだほうがよかったのかなとか。


大谷   今はね、動く時ではないですよね。動くとしても、自分の命として。


石井   自分の範囲でいいというね。


大谷   そうなんですよ。それを超えちゃうと、結局評価がどっかについちゃうんですよ。


石井   そして次の瞬間に、心じゃなくなっちゃうんですもんね。欲に見えますよね、違うといっても。


大谷   だから芸能人の方なんかすごく大変だと思う。すごく素直にやっていても、売名行為だって言われかねない。たとえば炊き出しに行った人達に対して、本当に純粋にやっていても、口の悪い人達に、あいつら昼間はああやってやってるけど、夜はホテルで寝てるんだろう、とか言われちゃうんですよ。


石井   なるほどね。


大谷   だけど、励まされた人もいっぱいいるから、それも正しいんですよ。ただ一つだけ言えるのは、なったようになったことが、正解だと思う。


石井   僕も僕なりの答えを出さなきゃと思って、出した答えが、喪に服すという時間は、人間には必要だなと。身体の傷だって時間かかるじゃないですか。ましてや心の傷は…


大谷   そうそう。


石井   だから今は自分と向き合う時間が大事で、今はとそっとしておいてあげることかなと。


大谷   そうなんですよ。引きこもりしている子どもたちと、付き合ってきてわかったのは、引きこもりの子ども達の周りにはおせっかいな人が多いんです。カメは甲羅に入っているじゃないですか。カメが動かないと、おせっかいな人達は“歩け歩け”と甲羅をたたくけれども、甲羅を棒でたたかれたら、カメは余計歩かない。今僕らはある意味では、苦しんでいる人達の上をたたいて“やれることあったら言ってくれよ、言ってくれよ”って癒える傷を癒していないのかもしれない。実は僕、昨日悪い事をしちゃったんです。知り合いの関取がいて、勝ち越す予定の日の相撲だったので観に行ったんですよ。そうしたら足を怪我していて負けたんですね。負けたんだけど、まあ飯でも食おうよって、食事に誘ったんです。しかもご飯の後に、皆が「もう1件甘いものでも行きましょうか」って言うので、一緒に行ってしまった。彼の激励になるからと、よかれと思ってやっていたんだけど、今日また負けてしまった。その時に、あぁ俺の責任かもしれない。足を怪我しているんだったら“飯なんて勝ち越した時に食べればいいじゃん”って言って、やめればよかった…と反省しているんです。それと同じ状態だと思う。動物でも怪我をしたらじっと何も食べないで癒えるのを待つんだよね。それと一緒で。


石井   そうですよね。


大谷   それに今はね、逆に僕も変な話、石井さんも被災者だと思うよ。だって同じ民族が痛んだんだから。僕らも今怪我しているから、じっとしなきゃならないと思う。それを怪我人が怪我人を助けようとしたら、老老介護みたいになっちゃう。


石井   なんかそんな感じがしますね。


大谷   詳しい事は知らないのですが、船で難破して遺体が上がらないと3カ月目にして死の確定をするそうなんです。だから今回も、3カ月後の6月11日に、死が確定されて、まだ諦められない人達も諦めさせられる人間の法則が働くことになるんです。そして8月になると、初盆を迎えます。東北は信仰深い町ですから、僕はそれを越えた時が、初めて活動する入口のように思っているんですよ。


石井   日本人って器用だから、いろんな工業製品でもなんでも作ってきたわけですよ。でもそれは知力と体力でなんとかなったんですね。でも心力はあまり作ってなかったし、大変なことが起きて、知力と体力で作ってきたものを全部否定されてしまうと、どう立ち上がっていいかわからなくなっちゃう。


大谷   そうなんですよ。根っこの部分が枯れちゃってるから、その根っこを強くしてから、先に進まなきゃいけないんですよ。そのためには時間が必要なんです。


石井   そうですね。


大谷   料理だって、仕込みしてレンジにかけるからおいしくなるんです。今は仕込みをしておかなきゃだめなんですよ。そして本当に悲しみを抱えている人にしか、悲しみはわからない。僕なんか父親をすごく好きだったから、死んだ時は、どんどん萎えていったんです。だけどそれだって、ある一定の時間がくれば、受け入れられる。これから自分の中で、どうするのかなって考えて、考えてわからない時は、時間が来ないと心は熟さないから、心が熟す時を待つしかないと思うんです。


石井   例えば腕を切られたりすると、痛みがないといわれているように、痛みの程度を超えてしまうと、人間は感じなくなっちゃうらしいんです。今の日本は、そういう状態になってるのかなって。


大谷   皆が異常だから、ちょっと放っておくしかないよね。僕は35歳の時に、薬師寺の試験を受けて、「根未熟(こんみじゅく)」という言葉を教わったんです。たとえば試験を受けて、できない。それはね、できないんじゃないんです、未熟なんですって。今僕らは根が未熟なんですよ。だからこれが少し熟してこないと、今のこの大きな問題は超えられないと思う。例えば第二次世界大戦でも、僕らは後から冷静な目で振り返って出した最終的な答えは、戦争は駄目だってことじゃないですか。


石井   簡単な事なんですよね、意外にも。


大谷   でもそれがパニック状態では…


石井   言えないし、思わないんですよね。


大谷   石井さんに質問を投げかける人もパニックだし、申し訳ないけれども石井さんも、そういう急なことが起きて自分に無いものがきたからパニック。パニックの人とパニックの人がぶつかっても答えは出ない。


石井   そうですね。だから外国のニュースの方が全然冷静なわけですよね。それを見せつけられちゃうと、どんどん恐怖があおられちゃって、日本のニュースでは大したことなかったのに…って。これは多分すごくドライに見ている人の意見を、まだ痛みが走っている人が見ちゃってるような。


大谷   怪我で死にそうな人の隣で、人が死んでいくんですよ。そうすると次は俺かと思っちゃうじゃないですか。そんな状態。正直僕もパニックでしたよ。うちの女房が珍しく僕に“おかしいね"って言いましたから。もしかしたら一番最初の質問の答えは、僕も仲間が亡くなったりしてパニックで、それにあなたが体験したようなことを経験していないから、パニクっちゃって答えられないってのが正しいのかもしれない。普通ですよ。親が自分の子どもを取られてね、冷静でいられるはずがないですよ。


石井   それはそうですよね。


大谷   ましてや自分の知っている人ならなおさら。例えば僕がちょっとでもその子に接点があれば俺狂うよ。それが普通じゃないですか。正常な心が働いているんですよ。力がないからパニックをおさえるだけの力がすぐに働かないだけのことで。ただ今は、ちょっとやそっとでおさえられるようなパニック状態じゃないんです。


石井   とてつもない傷ですからね…。